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名古屋家庭裁判所 昭和40年(家イ)95号 審判 1965年4月21日

国籍 ドイツ連邦共和国 住所 名古屋市

申立人 イヌマ・A・オッセン(仮名)

国籍 ドイツ連邦共和国 住所 申立人に同じ

相手方 クラフト・B・オッセン(仮名)

主文

申立人イヌマ・A・オッセンと相手方クラフト・B・オッセンとの間に一九六三年一一月八日成立した婚姻を取消す。

理由

申立人は主文同旨の調停審判を求めその実情として次のとおり述べた。

「申立人は一九六三年一一月八日ドイツ国ハンブルグ市において相手方と所轄戸籍吏の面前で婚姻手続を為して夫婦となり、その後相手方と共に日本で同棲していたが一九六四年七月頃から相手方は夫婦関係を拒むようになりその理由として結婚前から子供をつらくない信念をもちつづけていることをつげられた。しかし乍ら申立人は女性として結婚した以上子供を生みたい気持を捨てることができず、もし当初から相手方のこの信念を知つていたならば相手方とは結婚することはしなかつたであろうし、今後かような婚姻生活を継続することはできない。このような事情は婚姻締結に際して相手方の人柄に関し重大な錯誤があつたと考えられるからドイツ婚姻法第三二条により婚姻の取消を求める。」

本件当事者はその提出による外人登録済証明書により何れもドイツ連邦共和国の国籍を有することが認められ相手方は一九五七年四月二〇日頃、申立人は一九六三年一二月一五日頃夫々来日し一九六四年五月二日以降双方共名古屋市内に住所を有するので日本に裁判権があり管轄裁判所である名古屋家庭裁判所に申立を為しうるものであるところ、法例第一三条によれば婚姻の成立要件は各当事者につきその本国法により定めるべきものとされ、一方ドイツ連邦共和国民法施行法第一三条によれば婚姻の締結は各当事者の本国法によるとされているので、本件の準拠法はドイツ婚姻法である。(ちなみに同法第二九条は婚姻の取消は裁判所の判決によると規定しているが日本の人事訴訟手続法の特別法規である家事審判法第二三条は人事訴訟事項である婚姻の取消について当事者の合意によつて家庭裁判所の審判を受けうること、家庭裁判所は当該取消の原因について当事者に争がない場合必要な事実を調査し調停委員の意見をきき正当と認めるときは合意に相当する審判を為すことができることを規定し且つその審判は確定により確定判決と同一の効力を有するので本件について当裁判所が審判を為すことができるものと判断する。)

よつて調停委員会による調停を為したところ当事者間に申立原因について争がなく昭和四〇年四月二一日の調停期日に主文同旨の審判を求める旨の合意が成立した。一方当事者双方の出生証明書謄本、婚姻証明書、外国人登録済証、当裁判所に対する申立人の陳述書、相手方の証言書、当事者双方の各審問の結果により事実を調査したところ次ぎのような事実が認められた。

申立人は一九三五年四月一〇日ブウウンシュバイク市で出生したドイツ人で一九六三年当時ハンブルグ市○○○二八番地に居住し秘書兼フランス、スペイン語の通訳をしており、相手方は一九二七年四月一四日フエヒターで出生し、一九五七年四月二〇日来日し○○大学講師として○○市に居住していたが一九六三年八月休暇をとつてドイツに帰国したまたまハンブルグ市に住む弟を訪ねて同市に滞在するうち同年一〇月下旬頃申立人と知合い結婚を申込んだ。同年一一月八日ハンブルグ市で当事者は婚姻手続をすませた後北米合衆国ニューヨーク市、ブルーメント市、サンフランシスコ市、ハワイを経て同年一二月一〇日頃相手方の住所のあつた○○市に帰着したが、相手方は一九六四年四月○○大学を退職し同年五月以降○○大学講師として、また、申立人も同大学○○学部、○○学院に各講師として夫々勤務することになり名古屋市昭和区○○町○丁目○番地に転居し此処に住所を定めた。ところが相手方は第二次世界大戦に少年兵として出征するなど少年期に深く戦争の惨禍を体験し且つ同人の父アルノルド・H・オッセンがナチ政権下に法務官吏として奉職し同政権から追われ、七人の子供をかかえて云い知れぬ生活苦を味わつた経験からつねづね息子である相手方に結婚をして子供をもつことはさけるべきであると云いきかせて来た。現在世界の状勢は平和について必ずしも楽観できず相手方は極めて危険な時代であると認識し、結婚や子供をもつことに深い懐疑の念をもつておりその人生観のもとに独身生活をつづけて来たが一九六三年一〇月ハンブルグ市において申立人と知り合い結婚を申込んだものの、その際申立人に将来子供をもたぬ夫婦生活をおくりたいことをつげる機会を失し婚姻手続をすませた。その後もなお相手方は上記信念をかえず将来とも子供をつくらぬ決心で一九六四年夏頃から申立人との性関係を拒否し、この時はじめてこの理由を打ちあけ申立人と話し合つたがその同意をうることができなかつた。そして同年一二月末頃最終的に相手方は申立人に対し自己の信念はかえることができない旨を表明した。

上記諸事実によれば本件申立は先づ出訴期間についてドイツ婚姻法第三五条第二項、第一項の要件をみたしていると認められる。そして婚姻は男女の結合による共同生活と子供を生み育てることを本質とするものであり自己の信念として、乃至は精神的な理由により一方的に子供を生むこと自体を拒否するのはその動機がたとえ真摯なものであつてもこれに賛成しえない他方配偶者にとつては当該婚姻につきドイツ婚姻法第三二条第一項に云う「配偶者が婚姻締結の際に他方配偶者の人柄について……婚姻の本質を合理的に評価するにおいてはこのものをして婚姻をするにいたらしめなかつたであろうような錯誤を犯した」ものと云うことができる。従つて当裁判所は調停委員の意見をきいた上、本件合意を正当と認め家事審判法第二三条に則り主文の通り審判する。

(家事審判官 永石泰子)

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